福岡地方裁判所小倉支部 昭和56年(ワ)170号 判決 1981年5月22日
原告
大薗一巳
被告
太田晃
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告は、「一 被告は原告に対し金一一六万二〇〇〇円を支払え。二 訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、
一 被告は折尾簡易裁判所に所属する民事調停委員であるが、原告を申立人、白石一敏を相手方とする折尾簡易裁判所昭和五三年(ノ)第一号損害賠償申立調停事件を担当した。
二 被告は、前項調停事件の処理に当り、昭和五三年二月二二日開かれた調停の席上、証人である武内敏夫が、原告において所有権を侵害されたとして調停を申立てゝいる松立木二本を原告に売却した事実はない旨証言したのに対し、同証人に対し「原告を告訴する用意がありますか」と発言したが、右発言は同証人の虚偽の証言を盲信し、原告の正当な立木所有権ないし損害賠償請求権を違法且つ不当に侵害する発言であつた。
三 しかして原告は被告の前項不法行為によつて極度に心痛困惑し、同年三月一五日不本意にも調停成立に同意せざるをえなかつたが、結局(一)家業である植木栽培業に従業できなかつた期間の逸失利益金三七万九〇〇〇円(二)被告の発言につきその真否を調査するために要した交通費、法律相談料金二万五〇〇〇円(三)精神的苦痛に対する慰藉料金七五万八〇〇〇円、以上合計一一六万二〇〇〇円の損害を被つたので、不法行為者である被告に対し右損害金一一六万二〇〇〇円の支払を求めるため本訴に及ぶ、と陳述し、
被告は主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因第一項の事実は認めるが、第二項の事実は否認する、第三項の事実は不知と述べた。
理由
原告主張の請求原因第一項の事実は当事者間に争いがない。
ところで原告の本訴損害賠償請求は、民事調停委員である被告が、その担当する調停事件の処理に当つてなした発言を捉えて不法行為であると主張し、被告に対して損害の賠償を求めるものである。
しかしながら、民事調停委員は、身分上、司法官署としての裁判所の職員であつて、非常勤の特別職国家公務員であり、その担当する調停事件の処理行為は国の公権力の行使にあたると解すべきであるから、該行為に基づく損害賠償の責を負うべきものが国であることは国家賠償法第一条の趣旨に照らして明らかである。
しかして、同法条に基づき国が賠償責任を負う場合においては、直接の加害行為者である公務員個人は被害者に対して賠償責任を負担しないと解すべきであるから、被告個人に対して損害賠償を求める本訴請求は主張自体失当であり棄却を免れない。
よつて訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(鍋山健)